イベント公式ホームページなどでも利用できる高機能CMSが低価格で!

お知らせ
MINCについて
レイアウト一覧
宣伝パックプラン
ご利用手引き
ブログ
よくあるご質問
お問い合わせ

mincs.info

「400年前に書かれた戯曲で、これまでもさまざまな方が演じられてきた作品です。正統派でいきます。後になって、ロミオとジュリエットと言えばこの作品と言ってもらえるような、決定版にしていきたいと思います。」

初めての舞台出演にして初主演作が、かの有名なシェークスピアの「ロミオとジュリエット」。この作品の悲劇の主人公ロミオを演じる佐藤健さんによる、なんとも力強いコメントです。本場イギリス演劇界気鋭の若手演出家、ジョナサン・マンビィ氏と共に、共演の石原さとみさん、橋本さとしさん、石野真子さん、長谷川初範さんほかが登壇した製作発表会には、約100人を越えるマスコミの皆さんが会場へ駆けつけてくれました。
1


シェークスピアの戯曲に馴染みが無い方でも、「ロミオとジュリエット」だけはストーリーをご存じだったり、映画をご覧になったことがあったりするかもしれません。かくも超有名な古典作品を、敢えて英国から演出家を招いて真正面から挑もうというのですから、本作に賭けるキャストやスタッフたちの意気ごみは大変なものがあります。

古典中の古典に挑むにあたり、佐藤健さんは約2年ほど前からジョナサン氏のワークショップに参加するなどして本番に備えてきました。数ページにもわたる長ゼリフなど経験したことがなかった佐藤さんは、当初ワークショップでも不安を口にしていたそうですが、今や冒頭のような力強いコメントをするほどの成長を遂げました。本格的な稽古は来月からで、舞台人としての佐藤健の活躍が遂に始まります。

共演の石原さとみさんは舞台でも大活躍の女優さんですが、「ロミオとジュリエット」をまだ観た事がないといいます。今回はゼロからのスタートで「ジョナサン氏の色に染めてもらえたらいいなと思っています」と、先入観のない状態でジュリエット役に臨むようです。

少し堅くなりがちな製作発表の席に関西の風(?)を送り込んでいた橋本さとしさんは、昔から石野真子さんの大ファンだったことを告白。お会いしても「まだ目を合わせられないんですよ」と、常にファン心にあふれたコメントで周囲をなごませていました。

その石野さんは、面白い事に舞台で“石野真子”以外の役を演じるのは今回が初めてです。自分の役を演じるというケースはなかなかないはずですが、石野さんはこれまで自分を演じるという役しかしたことがないという変わり種。さらに、今回夫婦役を演じる長谷川さんとは、実は石野さんにとって初めてのテレビドラマ出演の時にも夫婦として共演した仲だそうで「運命を感じます」とコメントしていました。

本格シェイクスピア劇「ロミオ&ジュリエット」は4月29日から5月27日まで東京・赤坂ACTシアターで、5月31日から6月10日まで大阪・シアターBRAVA!上演。詳しくは「ロミオ&ジュリエット」公式サイトで。

演劇徒然草

PAGE TOP
久しぶりの出社。忙しいとき限って罹るものなのでしょうか。朝起きて、少しのどが痛いなあと思ったその日の夜から発熱が始まり、その晩から翌々日まで平均39度5分の熱。4日目にぱたっと平熱に戻るという、スタッフFにとりましては人生初のインフルエンザ体験をしておりました。(明確に判定されたという意味で)

厚生労働省のホームページによれば、体温が下がってからも2日間はまだ感染力が高いとされているようで、Fも火曜日に発熱して金曜日には平熱に戻りましたが、土曜日までは外に出るのは自粛しました。もっとも、わずか2日と少しとはいえ、そうそう出すことのない39度以上の発熱のせいでグッタリしていたということはあります。

Fの場合は急激に発熱したのですが、病院で聞いた話によると、今年のA型インフルエンザの発熱の仕方は割合ゆっくりなのだそうです。実際、ものの見事にFにうつされた家族は、Fほど急に発熱することなく3日ぐらいかけてゆるゆると38度台へ。そこで初めて検査でインフルエンザ判定が出て、タミフルを飲み始めたら半日ほどで37度台前半まで熱を下げていきました。解熱剤も飲まずに。

Fは解熱剤を毎食後に飲んでいたにも関わらず38度後半から39度前半を3日間キープ。初日は意地を張って面白がっていたものの、二日目はさすがにダウンでした。昼なのか夜なのか、起きているのか寝ているのか分からない感じを久しぶりに味わった3日間。初インフルの洗礼だったかもしれません。

実は、もしインフルエンザに罹患して家に引きこもらなければならなくなったら、あんなことやこんなことをしてやろう、などとなめた計画をしていたのです。当然ですが計画はあっけなく頓挫。大人になってからの39度の発熱は正直くたびれます。

とはいえ、ドカンと上がってドカンと下がるという、極めてインフルエンザチックな経験をさせてもらって勉強になりました。迷惑をかけた関係各位の皆さんには、大変申し訳ありませんでした。明日の記者会見は頑張ります。

え? 来るな? 

スタッフ徒然草(よもやま)

PAGE TOP
3つ以上は「たくさん」とだけ表現する種族があると昔聞いたことがあります。4以上の概念がないというのです。本当は概念はあるのかもしれませんが、そこに暮らす人々にとって常識と言えるほどには浸透していないのでしょう。

スタッフFも含めて、年末が差しかかってくると皆さんは「年が明けたらやりましょう」と面倒くさいことを先に延ばしがちです。そうなるともれなく1月は「たくさん」しなければならないことができまして、しかも可及的速やかにという事案ばかりになり、果たして自分が先月何をしたのかすら思い出せなくなるという状態で。。。

というわけで、はい、ブログの更新をすっかりサボっておりました。大変申し訳ございません。

MINC2.2はリリース直前(と言いつつずいぶん経っていますが…)。2.1からは概念的に大幅な変更がなされており、開発していく中で、むしろ3.0と言ってもいいくらいに変化してしまいました。新規のサイト制作のオファーも続々舞い込んでおりますので、近々実装したものが公開されると思います。

詳細は追ってお知らせしますが、見た目はさほど大きな変化はなく、内側(管理する側)の変更が大きいです。実は1つのプログラムでオリンピックのサイトを種目別に作れるくらいに変わっておりまして、会員機能までもれなくついてくるような、そんなことになっているのです。

本サイトもMINC2.2が完成次第デザイン含めて変更いたします。もう少々お待ち下さいませ。

スタッフ徒然草(よもやま)

PAGE TOP
2

ドラマを制したのは北海道日本ハムジュニア。札幌ドームでの開催で地元のファンからの応援を一身に受けたチームが、3年ぶり2度目のの決勝トーナメント進出を果たし、遂に悲願の優勝を手にしました。

決勝はかなりの接戦でした。日ハムジュニアは7度の大会中、これまで1度しか決勝トーナメントに上がっていません。2008年のそのときは、最終回で中日ジュニアチームに大逆転を喫しています。1点差を最後の最後でひっくり返された、チームにとって悔しい悔しい準優勝でした。

それから3年。決勝まで駒を進めた日ハムジュニアに立ちはだかったのは、決勝トーナメントの常連、東京ヤクルトスワローズジュニア。大会初回で優勝し、その後もたびたび決勝トーナメントに上がっている強豪です。

先制点を上げたのは日ハムジュニアでした。しかしその裏すぐに追いつかれます。6回にさらに3点を追加しても、その裏ホームランで2点を追加され、リードはわずかに一点。そして迎えた最終回でした。

1
(C)2011 NPB

最初のバッターを三振に仕留めたものの、打順が1番に戻って続くバッターにヒットを打たれて、ワンアウト一塁。3年前の悪夢がふつふつとよみがえってきます。2番バッターが犠打、ランナーは二塁に進んで3番バッターがシングルヒット。二死1塁3塁でヤクルトジュニアは逆転のチャンスです。しかも次は4番バッター。日ハムジュニアにとっては大ピンチとなりました。

この4番バッターは6回にホームランを打っている強打者です。誰もが3年前の悪夢を思い出したでしょう。一打逆転の局面、シングルヒットでも確実に同点です。目前の優勝がするりと手から離れてしまう恐怖と戦うピッチャーには、相当プレッシャーがかかったと思います。

4番バッターのバットが一閃しました。皆が目をつぶった時、打球はサード付近にフラッと上がり、グラブに打球が収まった瞬間、固唾を飲んで見守っていた大勢の観客から歓声が上がります。北海道日本ハムファイターズジュニアの初優勝の瞬間でした。ピッチャーもよく踏ん張りました。またヤクルトジュニアも素晴らしい猛追を見せましたが、あと一歩のところでした。

日ハムジュニアの皆さん、初優勝おめでとうございます。ヤクルトジュニアの皆さんも素晴らしい試合をありがとう!



ところで、この決勝の前日に残念なことがありました。広島東洋カープジュニアチームが禁止されているバットを使用していると、対戦した中日ジュニアチームからの指摘で発覚、試合が中断したのです。処置の決定が20時を過ぎたために試合はそのまま一時預かりとなり、特別継続試合が決勝Tの日の早朝6時台に行われて、ようやくグループBの代表が決定しました。

皆さんに知っておいてほしいのは、バットに規制があることを広島の選手たちが知らなかったこと。選手やチームが意図して「ズル」と言われるような事をしたのではなく、通常の軟式少年野球の試合では使用してもいいバットだったために、大会ローカルのルールが現場まで徹底されていなかったのです。徹底が至らなかったのは大会に関係した大人の問題。

ですので、バッターボックスに立った選手たちに責任はありません。今回ルールの不徹底で迷惑がかかったのはむしろ参加した選手たちでした。チームの家族の皆さんや、わざわざ北海道まで応援に駆けつけてくれた応援団の皆さんにも、大会に関わった者として心よりお詫び申し上げます。

果たして広島東洋ジュニアの選手たちは、特別継続試合に全力で当たれたのかどうか。それが心配です。選手たちは皆一生懸命頑張りましたし、この大会で広島ジュニアが一勝を挙げたのも事実です。胸を張って、どうかこれからも野球に打ち込んでいってください。

スポーツ徒然草

PAGE TOP
1

「NPB12球団ジュニアトーナメント ENEOS CUP2011」が、昨日からプレーボール。一昨日、全チームが札幌に到着してレセプションが行われるという日の航空ダイヤが大雪で荒れに荒れ、最後に札幌入りしたチームは22時台だったと聞いています。第一試合は朝8時からのスタートですから、子供たちにとってはキツい初日だったかもしれません。

実は私Fも初めて大会初日に札幌ドームを訪れました。今年のドラフトで二位に指名され、来年から横浜DeNAベイスターズ入りが決まっている高城俊人選手の取材が、千歳空港で行われる予定だったからです。大会中に会場に張り付いているスタッフが動くわけにもいかず、そのピンチヒッターとして初日訪問。ただ、高城選手をアテンドして空港にすぐ逆戻りするため、わずか1時間しか会場にはいられませんでした。

高城選手というのは「NPB12球団ジュニアトーナメント ENEOS CUP」の第一回大会出場選手です。福岡在住だったので、当時の所属チームは福岡ソフトバンクホークスJr.チーム。

小学生の時の夢を現実のものとした選手であり、彼のほかに日本ハムファイターズへ来年入団する近藤選手ともども、大会出身のプロ第一号となりました。大会前日のレセプションパーティーにゲストとして招かれ、今大会に出場する子供たちに挨拶をしてくれたのです。

取材のため札幌ドームから千歳空港への移動中、高城選手はずっと社内から雪に覆われた札幌の町の写真をスマホで撮影しまくっていました。除雪され山のように積まれた雪を目にする度に「すげー」と感嘆の声を上げてはパチリ。地元ではそうそう雪に覆われる事態にならないので、深い雪にうずもれた町が珍しい様子。

空港に到着してからは、プロ入りの夢を果たした当時のジュニア選手ということで、「小学3年生」と「小学4年生」という雑誌の取材です。プロ野球選手を夢見る子供たちに、先輩として真摯にエールを贈ります。
2
午前10時。なかなかの客入り。
3
「僕もこの大会の選手でした。みんな高いレベルの野球ができているので、頑張ればプロの夢は現実になると思います。真剣に、そして野球を楽しんでください」(高城俊人)

今大会のレポートを含んでの取材記事となるので、インタビューの詳細は来年発売の同誌をお読みください。

いまやプロ球団からスラッガーとして期待される18歳。11歳でこの大会に出場したときには、プロと同じ球場で、プロと同じデザインのユニフォームを着て野球ができることにとても高揚したそうです。それこそ12球団ジュニアトーナメントの目指してきたことで、当時からの夢を追い続けてプロ入りまで果たした高城、近藤選手には大きな拍手を贈りたいと思います。そして来年以後の素晴らしい活躍を期待します。

それにしても、高城選手にとって子供の頃の話しが、取材してくれた編集さんやライターさん、そしてFにとってごく最近の話であるかに感じてしまうところがなんとも(苦笑)。そんな年とってたんだーオレ、と痛感しながら札幌からトンボ帰りしてきました。

PS:埼玉西武ライオンズJr.は昨日も勝利ならず。さて今日こそ!昨日の6試合の結果

スポーツ徒然草

PAGE TOP